夢を売る詐欺師

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 強い日差しの中、俺はある女性の家へ向かって歩いていた。今日は「お客様」ある

彼女に商品を届ける日なのだ。

 つまり俺の職業はセールスマンだ。俺は六年前、自営業でセールスを始めた。電話を

かけて、巧みな口先でお客様から信用を得て商品を売るのだ。この仕事は予想以上に

儲かる仕事で、今はそれなりの金持ちにまでなっている。一部地域では俺の仕事を『詐

欺』と呼んでいるそうだが、まぁ、だからと言って俺に何か損害があるわけでもないので

気にしない。実は、よく探してみるとこの仕事をしている人は大勢いるのだが、俺と他の

同業者では少し違いがあった。それは売る商品が「夢」であることだった。また、そのた

め商品の売買は俺の手で行うということも違う点だった。要は、俺が自ら出向いて「お客

様」と会い満面の笑顔で一生分の夢をお渡しする、ということなのだ。

 ネクタイを締め直し軽くスマイルの予行練習をして、俺はインターホンを押した。

「ご予約されていた品物をお届けに参りました。」

邪気に満ちた笑顔で俺はお客様を迎えた。直後、いつも通り俺の口の中に鉄の味が広が

る。そして数秒後には目と、鼻と、耳と、口から一斉に血液が流れ出す。俺は他人と会話

をするとき、必ずこうなる。六年前からずっとそうなのだ。

「こちらが商品の『一生分の夢』になります。」

血まみれの俺を見て腰が抜けて言葉を失ったお客様に言い放ち、バッグの中に丁寧にし

まっておいた刃渡り40センチメートルほどの刺身包丁でお客様を切った。そして、一瞬で息

をしなくなったお客様から目を二つほど頂いた。俺の商品の値段は『目、二つ』なのだ。

「お休みなさいませ。お客様。」

頭を深く下げ言い残して、俺は家へ帰った。

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 家に着き電気のスイッチを入れると、部屋中に溢れ返っていた目が一斉に俺を見た。

 ほとんど盲目に近い俺にとっては部屋は暗い方が都合がいいのだが、他の目たちの

めにあえて電気を着けるようにしていた。

 俺の目が光を拒むようになったのは六年前だ。ちょっとやそっとの事では、いや、た

え死にかけても口にできないくらいに酷い仕打ちを受けたことが原因なのだ。その事件

のせいで俺の純真な心は傷つき、闇に染まった。光だけを、感じることができなくなった。

つまり、俺の目は暗闇の中にいないと機能をなさないのだ。また、それと同時に人間恐

怖症になった。お客様の前で顔中から血を流したのもそのためだった。

 回想に浸りながらも、俺の体は手際よく動いていた。お客様の目をホルマリンと共に透

き通った小さなビンの中に入れる。これはもはやお馴染みの動作となっていた。まぁ、同

じ事を六年も続けていればそうなるのも当たり前なのだが。

 ビンを棚の隙間に懇切丁寧に置くと、俺を見つめる目はまた増えた。もう目は数えられ

ないほどの量になっていた。

 お客様の目は、光を無くした俺を哀れむように眺め続けた。

 数日後の朝、俺はいつも通りに目覚めた。もう二度と眠ることのない目たちに視線を送

った後、体を持ち上げた。カーテンの向こうは少し暗くて、俺の嫌いな光は感じられなかっ

た。

 今日もお客様と会う日だ。髭を剃って、ワイシャツに袖を通す。歯を磨き、包丁を選ぶ。

今日は肉切り用の西洋包丁を使うことにした。刃渡りは20センチメートル程度だ。今日

のお客様は19歳の少女なので――今の俺の年齢からすれば19歳などまだ少女に見えるの

である――少し短めの刃で十分だった。

 玄関を出ると、何とも嫌らしい濁った空と空気が俺に纏わり付いてきた。少女の家は少

し遠かったので車を使うことにした。溜め息をつきながら車に乗り込んで、サングラスを

かけた。漆黒のサングラスをかければ何とか運転できた。今日が曇りでよかった、と思

った。

 俺は特に何も考えずに、いや、正しく言えばあえて何も考えずに少女の家へ向かってい

た。今日は何を考えても、事が良い方向に運ばない、という結果になってしまいそうだっ

たからだ。

 少女の家は山の奥の、端に位置していた。少女の家は、まるで住人が死んでしまった

ような、あるいは住む度に住人が失踪してしまいそうな、俺でもあまり得意としない空気

に満ちていた。俺は車を降りてインターホンの前に立つと、サングラスを外しスマイルの

練習を始めた。この動作は、俺の中で儀式と化していた。インターホンを押すと、それと

ほぼ同時に少女が出てきた。俺が来るのをドア越しでずっと待っていたのだろうか。それ

くらい素早く、少女は俺を出迎えた。

「どうも・・・・・・。ご苦労様です。」

品物をお届けに参りました、という言葉が俺の舌の上にまで来たところで少女は次の言葉

を発して、それを遮った。

「ごめんなさい。私、寂しかったの。」

発言のタイミングを失い、更には少女があまりにもわけのわからないこと言うので、俺は黙

って少女の言葉を聞き流し、包丁を取り出そうとした。

「待って!殺さないで!・・・・・・お願い。少しだけ話を聞いて。」

俺の手はまだバックの中からは抜けておらず、少女に包丁は見えるはずがないのだが少女

は俺の次の動作を知っていた。そしてそれを待ってくれるよう頼んできた。不思議に思ってい

ると、俺の口の中では鉄の味が広がった。その後、痛みもなく俺の頬が生ぬるい液体で濡れ

るのを感じた。やはり、血が流れていた。流れた血を感じながら、俺は少しの間放心状態にな

っていたらしい。しかし右手にふいに感じた暖かさで我に返った。誰かと会話をするとき、普段

なら右手は温かくならない。だから、暖かさの原因は少女が俺の手を握ったからなのだと覚っ

た。しばらくぶりに他人の体温に触れた俺は、気恥ずかしさを覚えた。

「私、ここに監禁されているの。ほら、足首に鎖が繋いであるでしょう。」

言われてみれば、少女が動く度に金属の擦れる音が微かに聞こえる。どうやら家の奥の柱と

繋がっているようだ。俺は黙って頷いた。

「監禁されて今日でちょうど一ヶ月が過ぎた。犯人はね、私をここに連れて来た時『おまえの寿

命はあと一ヶ月になった。一ヶ月後、オレがお前を殺す』って言っていたの。だから・・・・・・最期

に誰でもいいから、触れ合いって思ったの。」

俺はバック入れていた手をいつの間にか抜いていた。包丁も持たずに。

「そんな時にね、ちょうど貴方から電話がかかってきたの。ここの電話、受信だけはできるように

 なってるみたいで。」

血を吐きながら俺は少女の話を聞いた。俺は営業スマイルも忘れて、少女の話に聞き入ってい

た。その時一瞬、暗闇の中に少女の顔が映った。ように感じた。初めて会った少女のはずなの

に、俺の目には少女の顔が鮮明に映し出されていた。

「ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって。でも、許して。だってお互い様でしょう。貴方だ

 って私を騙して殺そうとしたのだから・・・・・・。貴方ももう詐欺は辞めた方がいいよ。辞めないなら

 また私が貴方を騙しちゃうよ・・・・・・。」

・・・・・・俺の目論みは気づかれていたのか。今までのお客様とではあり得なかった事態と、最後

の言葉の不可解さに俺は混乱した。目眩がして足元がふらついたので玄関の塀に手をやろうと

たら、失敗してよろけてしまった。「貴方・・・・・・もしかして目が見えないの!?」

『目』という言葉にハッとした俺はなんとか気を取り戻して答えた。

「今は見えていない。でも盲目ではない。」

「え?」

「俺の目は光を拒む。だけど闇は好む。だから辺りが一筋の光もない暗闇になれば、ほんの少し

 だけ見える。」

一瞬の間ができた。風が俺と少女の間を通り過ぎて、悪気が増した。顔から流れていた血は、止

まっていた。俺は過呼吸になりながらも平常心を少しずつ回復させた。

「そう・・・・・・。私は盲目なの。もう十年も前から、何も見えない・・・・・・。」

それを聞いて、俺は少し悲しくなった。ほとんど盲目と同じ状態のくせに、ほんの僅かだけ見えて

いる自分がものすごく悪い存在であるように思えた。俺の悲しんでいる空気を察したのだろうか。

少女は付け足した。

「あ、犯人は今はいないから安心して。でもいつ犯人がやって来るかわからないから、貴方ももう

 行って。今日は来てくれて本当にありがとう。」 

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 俺は少女の体を車に乗せて、急いで家へ帰った。やはり、事は上手く運ばなかった。

「今日は来てくれて本当にありがとう。」

女がそう言った直後、俺はとんでもない憎悪と殺気を感じた。喉の奥が熱くなり、血を

吐き出した。口だけでなく、目、耳、鼻からも血が溢れていて、体のいたるところでは内

出血が起きていた。とても痛かった。暗闇の視界に淀んだ光が映り、足がもつれた。勢い

よく地面に体を打ちつけた。ようやく何が起こったのか俺が理解したのは、少女の悲鳴を

聞いた時だった。

 彼女は俺の背後に近づく犯人に気づき、俺をかばったのだ。その反動で俺は倒れた。そして次

に俺が意識を取り戻した時目の前には、倒れて動かなくなった犯人と、右手に包丁を握り締めて

いた俺と、俺かばって死んだ少女がいた。

 俺は家に着いた。少女を抱きかかえ部屋に入ると、部屋中の目たちは俺と少女を見た。笑って

いるように見えた。さげずんでいるようにも見えた。少女は、冷たくなって固まっていた。俺の二本

の指が少女の頬を伝うと、俺の目から液体が流れた。血ではなかった。

 少し遠くにある病院に少女を連れて行った俺は、少女の目と自分の目を交換した。少しでもいい

から、霞がかっていてもいいから、滲んでいてもいいから。少女に世界を見せてやりたいと思った。

 少女の目を入れた俺がそっと瞼を開くと、そこには透き通るような白光の世界が広がった。少女

の目は一筋の光も拒まずに、俺にこの世界のすべての景色を見せた。少女の目は、とてもよく見

える目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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