キラキラ星の向かう先
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほい。ミルクティー。」
「ありがとう。」
仕事帰りの彼を駅まで迎えに行って、夜の散歩をした。家の前のそこそこ大きな公園
の自動販売機の前で、私はミルクティーをすすって足元の石ころを見た。『君はこの
公園で何をしているの?何の為の石ころで在り続けているの?君は、今幸せ?』石こ
ろの存在などくだらないことなのかもしれないけど、不安定な今を過ごしている私に
はとても大問題で。必死に私に話しかけている彼すらも上の空で、私は石ころと人生
の意義について真剣に悩んだりしていた。
「おーい。聞いてる?」
「あ、ごめん。何?」
「林檎が赤いわけ。あの真っ赤な林檎も、ちゃんと理由があって赤く存在してるんだ
 よって話。」
「あはは、何それ。馬鹿みたい。」
「お前、信じろよ。珍しく俺がいい話してやったのに。」
「それのどこがいい話なのよ。変なの。」
 
 
 
 
 昔、まだ紀元前の頃。食べると幸せになれるという金色の果実があってね。それは
人々の希望だったんだって。皆その果実を手に入れるために必死に努力していて。そ
の努力が報われたのか、数人の人がそれに近づいたの。お互いに命を預けあって、励
ましあって、彼らは本当に強い絆で繋がれていたようだった。だけどね、果実を目の
前にした途端、皆、急に眼の色を変えて果実を独り占めしようとした。一口ずつ分け
合うなどという考えは初めから無くて、果実をめぐって彼らは争いを始めた。結局、
その場にいた人は皆息絶えて、金色の果実は醜い人々の血で真っ赤に染まった。輝き
を失った果実は、やがて地面に落ちて、永い時を経て、ほんの小さな芽を出した。
 ・・・・・・というのが、彼の言う『林檎の赤』だそうだ。石ころとの人生談義を中断し
てまで聞いたのに、なんだ、その話は。どこかの童話を多少アレンジしたようにしか
思えないではないか。ということは内緒で、一応まともに返事をした。
「なんか、酷い話だね。結局人間は、我欲なんだ。私、なんか嫌になってきたよ。」
「まぁね。俺も初め聞いたときは嫌な話だと思ったよ。でも、今はそれでよかったん
 じゃないかって思うこともある。」
「なんでそんなこと言うの?自分の為だけに他人を殺して、それでいいわけないじゃ
 ん!」
私は涙ぐんでいた。昔大切な人を亡くしたと言っていた彼だから、『人の死』をそう
いう風に軽視するとは思っていなく、ショックを受けたようだ。
「そんな怒らないでよ、澪さん。そりゃあ俺も殺すのはよくないと思うけど。でもさ、
 考えてみて。もしあの中の誰か一人が生き残って、果実を食べたとしたらどうなる?」
「・・・・・・えっ・・・。」
「きっと、もっと悲しい結末になってたんじゃないかなぁ。瀕死状態で果実を食べたそ
 の人も、それによって希望を失った他の人々も、幸せになんかなれない気がする。」
「・・・・・・うん。」
私は泣いた。彼が「帰ろう」とだけ言って、私を家に連れて帰った。
 
 
 
 
 「さっきの話、君にしては珍しくいい話だと思ったよ。」
「さっきは馬鹿にしたくせに。」
「そうだっけ?」
彼はビールの缶をくわえて、私のほうを見ていた。私はというと、何故か少し赤面して
いて、火照った体を何とかしようと窓に寄りかかって夜風を浴びていた。それにしても、
林檎にそんな過去があったとは驚きだ。私はあの話が彼の作り話なのではと疑いつつも、
真剣に考えていた。ふと外を見ると、空を小さな光が走った。
「あ、流れ星。」
「どこどこ!?」
ビールの缶を吹き飛ばし、彼は慌ててこちらへ寄ってきた。彼が蹴飛ばした拍子に、止
まっていた目覚まし時計が動き出した。
「あはは、何そんなに必死になってんの?」
「だって、さっきの話したら、急に俺は今が幸せじゃないんじゃないかって思えてくる
 んだもん。だから流れ星に願おうと思って。」
「何だそりゃ。あは、やっぱ変だ。」
「じゃあ聞くけどさ、澪さん。今自分が幸せだと思える?胸張って幸せだと言える?・・・
 ・・・あ、澪さん張るほど胸ないか。」
「やかましい!・・・・・・私は、幸せだよ。」
「毎日毎日同じように起きて、生活して。不変の社会に取り込まれて、リモコンで動く機
 械みたいになって!澪さんそれでも本当に幸せって思えるの!?・・・・・・・・・・・・ごめん、
 言い過ぎた。」
「うん。私は・・・・・・それでも幸せだと思える。」
いくら待ってみても流れ星が再び現れることは無くて、部屋が寒くなるだけだったので、
私は窓を閉めた。外と中の境がはっきりとして、そのために生まれた閉鎖空間で、私と彼
は顔を向き合わせた。
「私もね、ついさっきまで同じこと考えてた。それで公園に転がってた石ころに相談して
 た。」
「澪さん、病院いく?」
「うるさいなぁ、いいだろ。君より石ころのほうが頼りになると思ったの!」
「で、僕より頼りになる石ころは何とおっしゃっていました?」
「今が幸せかなんて解らないってさ。」
「ダメじゃん。」
「でも、幸せになる努力をしてる今は、後になって振り返ってみればきっと幸せに感じら
 れるんだって!」
覚まし時計が鳴った。止まったことで時間がずれていたらしく、針は7時を示していた。
「石ころのクセに俺よりイイことを言う」と口を尖らせる彼と、それを見て笑う私には気
付かれないように、幸せが私たちを包んでいるんじゃないかなぁ、と私は思った。
「だから私は、どうにかやっていけると思うなぁ。」
「はは。やっていけなくなりそうなときは、流れ星に頼んでみたら?それでもどうにもな
 らないときは、俺がなんとかするし。」
「あはは、無理無理。でも、期待してる。
 
 
 
 
 彼と幸せ談義を長々とした私が眠りについたのは、深夜
3時を過ぎてからだった。こりゃ
明日はバイト休むしかないな、と思った。その夜、私は夢を見た。
 
 
 
 
 私は彼と月の上で、無くなった地球の跡を見ながら流れ星を探していた。ついさっきま
で私たちがいた地球はキレイさっぱり無くなっていて、宇宙に一つの穴が開いているように
見えた。すると突然強い風が吹いて、私が遠くの星のほうに飛ばされてしまう。彼は何処か
らか飛んできた流れ星につかまって私のところまで来て、私を抱きしめて助けてくれた。到
底今の彼からは考えられない「ろまんちっく」な夢だった。
 
 
 
 
 「んぁぁぁーーーっ。」
程よい朝日が差し込む頃、私は目を覚ました。隣で寝ていたはずの彼は、もういなくなって
いた。昨日あれほど「こんな退屈な社会の歯車になんか俺はならない」なんて言っていたく
せに。ちゃっかりと社会人やってるじゃんか。
 文句を言いつつリビングに向かうと、食卓には珍しく朝ごはんが並べられていた。本当に
珍しい。私がまだ夢の中にいるのでは、と思うほどだ。そして私は一枚のメモを見つけた。
『澪さんのお気に入りのドレッシング、切らしてました!だから今日はマヨネーズで勘弁し
 てください!たまにはマヨネーズもいいですよ!』
メモを読み返して「本当にアイツは変だ」と呟いて、私はマヨネーズを冷蔵庫から取り出し
た。その後、私は朝っぱらから鳴りだす電話に不機嫌そうに出た。電話口で彼の「おはよう」
という声が聞こえた。
「澪さん、今起きたの?」
「うん。あ、今日の帰り、ドレッシング買ってきてね。」
「マヨネーズもいいのに。あ、それと昨日の話しだけどさ。やっぱり果実は食べられなくて
 よかったんだと思うよ。おかげで今、俺や澪さんや世界中のたくさんの人が『幸せになれる
 果実』を食べられるようになったんだし!それじゃ!」
言いたいことを言い終えた彼は自分勝手に電話を切った。そんなことを言う為に、アイツ
はわざわざ電話をよこしたのか、と思いながら椅子に腰を下ろした。私は眠たい目を見開いて
マヨネーズを握った。マヨネーズを使い慣れていなかった私は、サラダからはみ出て、隣のオ
ムレツにまでマヨネーズをかけてしまった。
 
 
  
 ベジタリアンの私はサラダで、マヨラーの彼はオムレツ。星型の口から出されたマヨネーズ
は、私と彼と繋いだ。
「あ、もしもし?私、澪。さっきの今だけどさー、やっぱりドレッシングいらないからー。」
「澪さん、どしたの?急に。マヨネーズの美味しさに気付いたの?」
「ううん。流れ星が君と私を繋いでくれた。」
「はぁ?」
 
 
 
 
  うん。やっぱり私は幸せだ。これからも、どうにかやっていける気がするよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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