死ぬまで生きられたらいい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「屋上の鍵、盗んじゃった。」
立ち尽くして呟いて、少ししてから屋上へ向かった。13段の階段を上って、折り返して
さらに12段の階段を上る。そうすると、2階にいた僕は3階にたどり着く。屋上は4階の
上なので、13段+12段の階段をもう2セット上らなければならない。1階から屋上までの
階段は全部で100段。もう何度数えたことだろう。自殺を考えながら。世の中の不条理
考えながら。他人への嫌悪の情を抱きながら・・・・・・。だけど、屋上の扉が開くのは今日
が初めてで、僕の微かな好奇心も久しぶりに目を覚ましていた。
僕がドアノブに手をかけると、重たい金属の擦れる音を鳴らしながら扉は開いた。僕は
未だ盗んだ鍵を使用していない。何年も閉ざされ続けていた扉が、何故は今日は開いて
いたからだ。
 
 強い風が吹いた。僕は飛ばされそうになった。風に押されて手すりに張り付く格好にな
った僕は、足元にある一つの存在に気付いた。僕と同じ、14歳くらいの少年が手すりに
寄りかかって座っていた。
「君は誰?」
不安定な声で僕は尋ねたが、暫く返事は返ってこなかった。僕が半ば諦め空を見上げよう
とした時に、少年の声を聞いた。
「この世界は、腐ってる。」
あまりにも唐突な一言にあっけに取られていた僕など、気にも留めずに少年は続けた。
「止まない内戦、進む疫病。貧しい国で、5分後には自分は死んでいるかもしれないという
 のにもかかわらず、笑って生きようとする子ども。そんなこと何一つ知らないで我欲に生
 き続ける、平和ボケしたこの国の住人。口先だけ道徳ぶったことを言う、俺のような人間。
 ・・・・・・こんなの、腐ってる。」
ゆっくりとこの状況に適応してきた僕の心と頭は、彼の言葉を一つ一つ受け止めた。僕は環
境適応能力に優れているのだと、心の中で密かに思い、自分を誇った。数年ぶりの己惚れだ
った。
 また、風が吹いた。か細い僕の脚は必死に踏ん張って、僕の体をそこに留めた。ふと彼の
ほうを見ると、彼の周りには風が全く無いかのようで、彼は不動だった。
「確かに腐ってるのかもしれないけどさ、まだ世界のほとんどを知らない僕に、『世界は腐
 っている』なんて言う資格はないよ。」
彼の考えを大事に大事に僕の中に取り込み、そうしてやっとこさ出した、僕の返事だった。
「ほんの一部を知っただけで『腐ってる』と感じてしまうような世界は、全部を知ったって
 腐ってると感じるに決まってる。そんな中で、俺たちは生きていく意味などあるのか?」
彼は全く動かないで、言った。僕は彼、もしくは彼が言い放った言葉に呪われたかのように、
全身が硬直してしまった。
「僕も、この間まではそんなことばかり考えていたよ。」
「じゃぁお前は! 何の為に生きているんだ?」
猛風が僕と彼の間の音を遮った。随分長い間風は吹いていた。死に物狂いでそこに立ってい
た僕に対して、やはり彼は髪の毛1本なびかせずに佇んでいた。風が弱まって、そして治ま
た瞬間を見計らって、僕は言った。

 

 

 

「生きる為。そして、死ぬ為。」

 

 

 

 彼とはその後何も話しをせず、刻々と時間だけが過ぎた。その間僕はやはり風と戦ってい
て、彼はまったく動かないでいた。
 その日の帰り道、僕は居眠り運転のトラックにはねられて、死んだ。この世が理不尽の塊
であることを良く理解していた僕は、さほどショックは受けなかった。だけどやっぱり、少
しだけ悲しくなった。

 

 

 

 
生きる為。そして、死ぬ為。僕の人生は本当にこれで良かったのだろうか。

 

 

 

 

寒さを感じなくなった僕の体は宙に浮いていて、何気なく右を向くと、風が迫ってくるの
を感じた。また吹き飛ばされそうになると思い全身に力を込めたが、風は僕の存在をさら
りと無視して、僕の体の中を通り抜けていってしまった。その時、あの少年は風の影響を
全く受けていなかったことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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